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neelkamal

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身の周りで起きていること
今日はまじめな話。興味ない方は読み飛ばしてね。

邦人も多く住む南デリーの住宅街、ヴァサントヴィハールに
突如大挙してミャンマーからのイスラム系「難民認定希望者」が押し寄せ
デリー国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のオフィスの近くに
テントを張って「難民認定を受けるまでは動かない」として
居座っている・・・という話を、テレビニュースや新聞などで
ご覧になった方も多いと思います。突如あらわれた沢山の人々が
路上でテント生活を始めたのを目の当たりにして、びっくりなさった方も
いらしたのではないでしょうか。

ただ単にミャンマーからの難民だそうな・・・・ではなくて
その背景を知ること、なぜインドで難民認定を? という
基本的なことを理解するのも大切だと思うので、要約をご紹介します。
gulmohar-may12.jpg

ミャンマーが軍政権になった際、多くのミャンマー少数部族が
弾圧を受け、多くは独立をのぞんで中央政府と対峙。
しかし望みはかなわず、カレン族やカレン二族、チン族、
アラカン族などはタイ国境側やバングラデシュ近くに逃れ、
難民となります。他にも難民受け入れキャンプのある国々に
移住したケースも沢山。(日本政府でも受け入れ数は少ないとはいえ、
彼らに対する職業訓練や、生活サポートなどを行っています。)

その中で、バングラデシュとの国境に近い地域に住む
ロヒンギャ と呼ばれるムスリム系グループは
仏教を信ずる人の多いミャンマーで軍部政権から弾圧され
逃れた先のバングラデシュでも受け入れられず、強制送還。
更にはミャンマー政府から国籍を剥奪され
1988年にアウン・サン・スーチー氏の民主化運動を指示したため
軍事政権から財産を差し押さえられ、全てをなくし
行き場を失った人が多かったのです。

そのグループに属する人々が、今回難民認定を求めて
抗議の居座りをしているのですが、UNHCR側では彼らが
明白に難民であるとはまだ認めていないので、認定を求める人々が
インド各地からデリーに集結して抗議行動を起こしているというわけ。
バングラデシュを追われた難民認定希望者たちは今までは、
オールドデリー、ジャンムーカシミール、ラージャスターンなどに
点在して暮らしていたのです。

事がこれ以上複雑化・巨大化しないように
今週火曜日にデリー政府が大掛かりな不法滞在中の難民(または認定待機者)を
スラムなどから立ち退かせる行動に出たため、
ヴァサント・ヴィハールやヴァサント・クンジ近辺のスラムから
追い出された人々(ロヒンギャだけでなく、バングラデシュやアフガニスタンからの
難民も含め)が昨日だけで2000人ほどいたとのこと。
強制的にバスに乗せられ、デリー駅で降ろされたものの
切符を買うお金もなく、途方にくれている人も多いと言います。
amaltas-may12.jpg
難民認定を望み座り込みしているロヒンギャの一人は
「ミャンマーでさんざん虐げられてきた私たちは、バングラデシュでも
受け入れてもらえず、インド各地に散らばって難民認定の日を
待っていたのです。認定さえ受けられれば、金銭的補助も得られるし
難民キャンプにも受け入れてもらえます。インドは民主主義の国
平和と同情心に溢れた国だと思っていますから、ここで認定を受けて
どこか他の国でもいい、難民としての恩恵を受けられるところで
新たなスタートを切りたい」と。

インド政府は彼らの子供たちへの教育の機会の提供(政府運営の
ガバメント・スクールでの受け入れ)と全員の健康面でのサポートを
すると明言しています。難民認定はまだ受けていないにしても
身分証明書のようなものは発行されており、人種差別を受けずに
すむような配慮はなされているのだそうですが。
 
こういう「身の回りで起きていることの事実・背景」を
理解しようと努めることも、この国で生活するうえで
必要ではなかろうかと思うのです。

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2012.05.16(Wed)  青蓮日記COMMENT(6)TRACKBACK(0)TOP
コメント

あなたはもしや・・・

blue lotusさんの こういう記事を読むと どんな記事でもだけど あなたって サラスワーティ?なんじゃないの?って思ってしまいます。

でも 私たちの 身近な存在でいてくれる あなたに いつも感謝していますv-11

私にとって 友人であり 生きてる サラスワーティかもv-238v-238
アルト2号です 2012.05.17(木) 00:40 URL [編集]


本当に何にも知らずにいました。

結婚して他の街に行かれましたが、前回うちにいたメイドさんはお若いミャンマーの人でした。ご両親と一緒にデリーに来たようです。

社会主義や軍事政権では国が豊かにならず国民の幸福も追いやられるという文明実験を数十年以上を掛け、各国に見せられているようなもので、ミャンマー自体が変わろうとしないと本質的に解決しませんね。
今現在の状況で、バングラにも受け入れられず国籍剥奪って・・あり得ない話が現実にあり、驚きです。
難民ばかりではないですが、今回インドに来て、アフガニスタンの人が格段に増え、アラビア語の看板も見かけるようになっていました。
世界史上でもインドは大きな役割を果たす時が来ると思います。
ミャンマーの民主化・自由化を祈りたいです。
まー 2012.05.17(木) 01:38 URL [編集]


アルト2号ちゃん

ふははは! またまた何をオオゲサな!
でも、自分たちの住んでるところで
何が起きているのか、把握することは
大切だと思うよ。あなたたちみたいな
若い子育て真っ最中の人こそ、しっかり
社会現象を理解しておかなくてはね。
Blue Lotus 2012.05.18(金) 13:33 URL [編集]


まーさま

本当に。
ただ「ミャンマーからの難民」だと
ひとくくりにはできない理由と、背景がそこには
あるんだなぁと。彼らはFRROにすら行けないわけですよね
滞在先から退去させられて、バスでデリー駅に連れて行かれて
でも行くあてもなく。それでもインド政府は「長期滞在ビザを
発給する」と言っていますから、これをきっかけに明るい未来に
繋がると良いですね。

Blue Lotus 2012.05.18(金) 13:37 URL [編集]


そんなに。。。

初コメントです。GIRLS×3というブログやってるものです。

ヴァサント地区でそんな事が行なわれてたとは知りませんでした!また、ミャンマー出身の方にもデリーで会った事がないので...インドにもたくさんいるのですね。

事情に詳しくないので何とも言えませんが、アフガニスタンやチベットからの難民をあれだけ受け入れてるのだから、懐深い国だと信じております。
ayako 2012.05.23(水) 23:50 URL [編集]


ayakoさ~~ん

コメントうれしく拝読しました。
フリマのときにはお声をかけそびれてしまったので
また改めて・・・・と思っていたところでした。

私も↑ なんでこんなにいっぱい難民が??と思って
調べてみたらこのような経緯でした。
懐深い国、外交面でも本当に上っ面をなぞっているだけでは
とうてい敵わないなと思わされる国ですね、インドは。
Blue Lotus 2012.07.01(日) 18:29 URL [編集]



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